八十一/ 二等船室

地名と時期を伏せるという条件で、掲載の許可を頂いた話。
Nさんという男性が旅行中、フェリーに乗った。寝台は二等船室に取った。
船酔いが心配だった彼は、日が暮れて早々に寝ることにしたという。幸運にも他の客は疎らで、ゆったり横になることができた。揺れを感じながらしばらく目を瞑っていたNさんは、旅の疲れもあって直に寝付いた。
何時間か経って、Nさんは目を覚ました。薄目を開けてまどろんでいると、どうも周囲の様子が違うように感じた。寝る前と較べて妙に人の気配が増えている。
(あれ? この船、こんなに人乗ってたのか? )
横になったまま首を廻らせて見渡したが、船室の床は横になった人々で埋め尽くされていた。いつの間にか、二等船室はほぼ満員状態になっていたのである。よくよく見てみれば、その中には子供もたくさんいたらしい。その上奇妙なことに、皆服装が古臭く感じられたという。モンペ姿の女性も随所に見受けられた。
(今時、モンペ? )
一体何事かとNさんが思ったとき、寝ていた人々が次々に起き上がりだした。皆、何やら深刻そうな面持ちで立ち上がると、ざわめきながら出口の方へ殺到してゆく。それを見てNさんはどういうわけか、あれを止めなければ、という気が強烈にしたのだという。彼らを行かせてはならない。大変なことになる。訳がわからないながらも、不思議にそんな確信があった。
起き上がって止めに入ろうとしたNさんは、そのとき初めて自分の体がまったく動かなくなっていることに気がついた。金縛りにあっていて、声も出ない。とにかく彼らを止めないといけないのに、どうすることもできない。焦るばかりで、全身から冷汗が吹き出した。
そうしているうちに、ものの数分で彼らは船室から出て行ってしまった。ドアが閉まった瞬間、Nさんの金縛りがすっと解けた。船室内に残っているのは、Nさんが寝る前からそこにいた人たちだけだった。
何が起こったのかいまだに把握できないながらも、もう取り返しのつかないことになってしまった、という確信だけは何故かあったという。


その後Oさんが船を下りるまで、その人々は二度と現れることはなかった。