場違い

二十年ほど前、福島でのことだという。
山歩きに詳しい人が、知人から山菜採りの案内を頼まれて二人で山に入った。
山菜やキノコのよく採れるポイントをいくつか回っていたところで、知人が何か変わったものを見つけたらしく、おやっと声を上げて離れたところを指差した。
あれ、椰子の木じゃないの。
示す方向には確かに椰子の木らしきものが他の木に交じって立っているのが見える。
しかしそんなものがあるはずがないのだ。
椰子の木は南国の植物だが、福島にだって生えていないこともない。しかしそれらは自生しているわけではなく、誰かが植えたものだ。
そこは民家からかなり離れた地点で、誰かが自由に木を植えるようなところではない。それについ数週間前にもそこに来たばかりで、そのときにはそんなものは存在しなかった。
しかし現実に視線の先には見上げる高さの椰子の木が風に揺れている。どう考えても普通ではない。
ところが知人は警戒する様子もなく、もっとよく見ようと近寄っていった。
そこへ突然辺りに大きな音が鳴り響いた。
ウゥゥーーーーーーッ……。
サイレンだ。まるで空襲警報である。
こんな山奥に放送設備などない。しかし現実にサイレンの音が響き渡っている。
流石に知人もこれはおかしいと思ったようで、その日は山菜採りをすぐに打ち切って山を下りた。
山の麓で会った人にサイレンについて尋ねたものの、そんなものは聞こえなかったということだった。

少し経ってからまた同じ場所を訪れたときには、椰子の木などどこにも見当たらなかったという。

 


山の中で普段は見かけないものに出会ったら、すぐにその場を離れたほうがいいんだ。自分か山か、どっちかに何か普通じゃないことがあるってことだから。

その人はそう語った。