生け垣

農家のTさんが野菜をお裾分けに、知人の家を訪ねたときのこと。
野菜を手渡してからその家の奥さんと玄関先で立ち話をしていたところで、何気なく横に視線を向けると人の頭が見えた。
玄関から庭を挟んで、道路との境に生け垣がある。その上から横を向いた人の頭が突き出ている。離れていて顔はよく見えないが男のようだ。
その生け垣は道路から三メートルほどの高さがあり、上から頭を出すとなると脚立か何かに乗る必要がある。
生け垣は枝葉が疎らで、向こう側が透けて見える。奇妙なことに、生け垣の向こうには脚立どころか男の胴体も一切見えないのだ。
首だけが生け垣の上に乗っているようにしか見えない。作り物だろうか。
更におかしなことに、何となくその頭の周囲が黒い霧のようなものに薄く包まれているようにも見える。
なんだろうとついついそちらに数歩寄ってみると、それが何だかわかってはっと息を呑んだ。
霧のように見えたのは無数の蝿かなにかの小さな虫で、それが首の周りを飛び回っているのだ。
Tさんが話の途中でふらふらと玄関先から離れていったのを不審に思い、その家の奥さんもサンダル履きで出てきたが、生け垣の上に見えるものに気がつくと慌てて家の裏に走っていった。
すぐに竹箒を手に戻ってくると、こらーッ! と叫ぶなり生け垣の上を勢いよく叩いた。
生け垣の木がわさわさと揺れ、後には首も虫もいない。
奥さんの声に驚いたのか、それとも何かを感じたのか、近所数軒の飼い犬が一斉に吠えたてた。
今のは何? とTさんが訊くと、奥さんは平然と答えた。
さあ、狸か何かじゃない? 何か美味しそうなものを持ってきたかと思って、様子を見に来たんでしょ。