裾の手

Hさんは一時期リサイクルショップで働いていたが、この店でたびたびおかしなことが起きた。
ちょっと目を離した隙に物が移動しているというのは珍しいことではなかったし、閉店後の店内で裸足の足音だけが聞こえることも何度かあった。月に二度か三度くらいは奇妙な出来事が起きる。
はじめはHさんも驚いていたのだが、仕事が忙しくてすぐにそれどころではなくなった。
ある時、入って間もないアルバイトの学生と一緒に、入荷した古着をハンガーに付けていた。黙々と作業していると、急にアルバイトの学生が短く声を上げた。
どうかしたの、とそちらを見ると、大学生の手首を誰かの手が掴んでいる。
その腕は、傍らにあるジーンズの裾から伸びてきている。妙に灰色がかったくすんだ色の手だ。そしてむくんだように太い。
Hさんが持っていたハンガーで咄嗟に叩こうとすると、腕はジーンズの中に素早く引っ込み、ジーンズは中に何もないかのようにぺたりと潰れた。
上着やシャツの袖から腕が出てくるのはまだわかるが、ズボンの裾から腕が出てくるのはよくわからない。
学生はすっかりうろたえて泣きだした。
その様子を見て、そうだよなこれが普通の反応だよな、とHさんは目が覚めたような気持ちになった。
いつの間にか自分は、奇妙な出来事が当たり前のことなのだと思いこんでいた。そうやって慣れていたこと自体が急に怖くなったのだという。


その店は今も営業しているという。まだああいう変なこと続いてるのかな、とHさんは苦笑いして語った。