鼻歌

大学の近くにある学生寮の話。
親元を離れてこの寮で暮らし始めたHさんは、三階のトイレの真ん中の個室に入った時に誰かの鼻歌を聞いた。
はっきりとは聞こえないが、女の人が機嫌良さそうに鼻歌を唄っているようだった。
最初は特に気にしていなかったが、気がついてみると、男子寮なので寮内に女性はいない。
トイレは隣の建物と離れているから、外から聞こえているというわけでもなさそうだ。
そもそもおかしいのが、その個室に入ると必ず聞こえてくるということだ。
三つある個室の他の二つでは聞こえない。
上か下の部屋から響いてくるのかとも思ったが、いつも同じように聞こえてくるのは不自然である。
奇妙ではあったが、大したことでもないのでHさんは気にしないことにしていた。


寮住まいも一年が過ぎ、Hさんは大学二年生になった。
気が付くと鼻歌は聞こえなくなっていた。
引っ越していった卒業生の代わりに新入生が何人か寮に入った。
それから少し経った頃。
新入生の一人がふと漏らした。
――三階のトイレの真ん中、なんか歌聞こえないですか?


どうも一年生にしか聞こえない歌だったみたいです、とHさんは語った。