魚おばさん

Cさんが高校生のときのこと。
友達と一緒に校舎を出たとき、校門のほうからおばさんがひとりこちらに歩いてくるのが見えた。
この学校の先生ではない。服装も先生らしくない、ちょっと買い物に出掛けたおばさんといったようなラフな格好だ。
生徒の保護者が何かの用で来たのだろうか。しかしうつむき加減でのろのろ歩くその様子が、なんとなく異様だった。
あのおばさん、なんだろうな。Cさんが隣を歩く友人に話しかけると、友人は見回しながら応えた。おばさん? どこ?
ほらあそこの、とCさんがそちらを示そうとするとおばさんの姿がない。ほんの一瞬、友人に目を向けているうちに見失ってしまった。


それから三日ほど経ってから、同じことがあった。
同じく放課後、校舎を出たところであのおばさんを見付け、ほんの僅かに目を離しただけなのに見失う。おばさんがふっとその場で消えてしまったようにしか感じられなかった。
それで更に一週間ほど後、三度目に同じおばさんを目撃したときは友人にも知らせず、おばさんを視界の端に捉え続けながら校門へと向かった。
おばさんはゆっくりと校舎へ向かってくる。Cさんはおばさんの方を直視せず、しかし見失わないように意識した。
Cさんたちとおばさんは二メートル程度の距離ですれ違った。その瞬間、Cさんの肩越しにふうっと風が吹き付けた。
悪くなった焼き魚のような、焦げ臭さと生臭さの混じった臭いがした。それを嗅いだ途端にCさんは込み上げるものを堪えきれず、胃の中のものを粗方その場に吐き出してしまった。
えづきながら見回したときにはもうおばさんの姿はなかった。
背中をさすってくれた友人がこんなことを言った。――お前、なんでこんなもの食ったんだよ。だから腹壊したんじゃないか。
吐いたものの中には、親指くらいの大きさの、生の魚の頭が三つほど混じっていた。Cさんはそんなものを飲み込んだ覚えは全くなかった。