覗きこむもの

中学校の先生をしていたOさんの話。
三月初旬、野球部の顧問だったOさんは部活動の後で職員室に戻り、帰り支度をしていた。
すると女子生徒が二人ほどやってきて、不安そうな顔でOさんに訴えた。
知らない人が裏庭の方から校舎を覗きこんでいるという。
裏庭というのは校門から校舎の脇を通って奥に入ったところにあり、通りすがりで足を踏み入れるような所でもない。
付近の住民が校門の前を通りかかるようなことはあっても、裏庭にまで入ってくることはまずない。
女子生徒たちは部活動を終えて帰ろうとしたところ、校舎の中から窓越しにその知らない人を見かけて、不安になって職員室に報告に来たのだという。
Oさんはとりあえず女子生徒たちに帰るよう指示し、すぐに裏庭の方に確認に向かった。
野球部の練習が終わったのが午後五時半。女子生徒たちが来たのは六時前くらいで、もう外は暗くなっていた。しかし校舎の廊下は照明が点いているので、裏庭も窓から差す光に照らされてそれなりに明るい。
そしてその窓に顔を接するようにして、誰かが立っているのが見えた。ちょっとすみません、と声をかけながらOさんは近寄っていったが、それには反応する素振りがなく、ずっと窓に顔を向けたままだ。
そして数メートルまで近寄ったところで、あることに気がついた。
窓に顔を近づけているのではなく、窓の横の壁に顔がめり込んでいる……ように見えるのである。
後頭部は後ろからもはっきり見える。白髪の交じった短髪の頭だ。たぶん男だろう。
しかし耳から前の顔はすっぽりと壁に埋まったようになっていて見えない。
なんでめり込んでるんだ……?
恐る恐るその肩に手をかけようとすると、目の前にふっと壁が現れた。
はっとして見回すと壁が現れたのではなく、今まで壁に顔を突っ込んでいた男の姿が急に消えたのだと気がついた。
周囲にそれらしき男の姿はない。
それからOさんは一通り校内を見回ったが特に異常はなかったので、それ以上追求せずに帰宅した。


その翌週、卒業式の日のこと。卒業生が帰った後、部活動の最中にOさんは突然強い揺れを感じた。
東日本大震災だった。
中学校近辺では地面の液状化が酷く、校舎の壁にも大きな亀裂が入ってしまった。
Oさんはそれを見てふと気になったことがあった。亀裂が入った壁の部分は男の顔がめり込んでいた部分とちょうど同じなのである。
――後から思えば、あれが何かの前触れだったのかもねえ。
Oさんはそう語った。