ピンクのネクタイ

夜の十一時すぎ、自転車で帰宅する途中のこと。
利根川を渡る長い橋の途中で、人がひとりこちらに歩いてくるのが見えた。鮮やかなピンクのネクタイを締めた背広姿の男だ。
避けて走ろうと少し端に寄ったが、男の方もこちらを避けようとしたのか、同じ方に寄ってくる。
人とすれ違おうとすると時々こういうことあるよな、と反対側に寄ると、やはり男も同じ方に寄りながら近づいてくる。
わざと同じ方に来ているのか? 変なのに絡まれるのはいやだ。引き返したほうがいいだろうか。
そんなふうに考えていると、不意に男の姿が見えなくなった。
車道と歩道の間に柵はあるものの、人ひとりが身を隠せるような幅はない。隠れるような動きもなく、ただふっと煙が散るように消えたようにしか見えなかった。
周囲を見回しながら恐る恐る男が消えたあたりまで進んで、あるものが目に入った。
欄干に結び付けられたピンクのネクタイが、風にそよいでいる。
それを見た瞬間、わけも分からず気分が悪くなった。みぞおちの辺りが締め付けられるように重い。
吐き気を堪えながら急いでその場を離れた。帰宅する途中で堪えきれなくなり、道端に胃の中のものを全部吐いた。
どういうわけか、飲んだ覚えのない水ばかりたくさん出てきた。


後から思えば、街灯があるとはいえ深夜の薄暗い橋の上で、ネクタイだけが鮮やかなピンクに見えたのが奇妙だった。男の顔も背広の色も思い出せず、ただピンクのネクタイだけが鮮やかに印象に残っているのだという。