二本足

Kさんが小学生の頃、お母さんが病気で入院していた。
病状は思わしくなく、子供の目から見てもお母さんは徐々に弱っていっていた。
そうしてある日、学校で授業中に教頭先生がKさんを呼びに来た。今しがたお父さんから電話があり、お母さんの容態が急に悪くなったという。
お父さんは先に病院に向かうから、Kさんもすぐに帰っておばあちゃんと一緒に病院に行きなさいということだった。
すぐに荷物をまとめて一人で学校を出た。
走って帰ったほうがいいだろうかとも考えたが、急げば急ぐほどお母さんがすぐにいなくなってしまいそうな気もして、足は重かった。
普段は友達と一緒に帰るから一人で黙々と帰ることに違和感があるし、帰る時間帯も違うからなんとなく違う世界に迷い込んだような、奇妙に現実感の薄い心持ちだった。
すると出し抜けに猫の鳴き声がする。見ればブロック塀の上から猫がじっとこちらを見ていた。
かわいいと思ったが今は猫の相手をしている場合ではない。そのまま通り過ぎると別の方向からも猫の声がした。
道の反対側の地面にも猫が座っている。こちらを見ている。
その視線が何かを言いたそうに見えて、Kさんは視線を外すといくらか歩調を上げて通り過ぎようとした。
後ろから猫の鳴き声がついてくる。
あの二匹が追いかけてくるのだろうか。Kさんは少し気味が悪くなった。野良猫が後を追ってきたことなどそれまで一度もなかった。
角を曲がるときに後ろをちらりと窺ったところで、Kさんの足が思わず止まった。
先程の二匹はやはり並んで付いてきていたが、猫の歩き方ではなかった。後ろ足だけで立って歩いている。
二本足で、猫らしく足音もなくついてくる。
Kさんは走って逃げた。猫がどこまでついてきたのかはわからない。
お母さんは翌日息を引き取ったという。