渦魚

Uさんが小学生の頃、家で犬を飼っていた。
この犬の飲み水用に、プラスチックのボウルに水を入れていつも犬小屋の脇に置いてあった。
ある時Uさんがこのボウルを確認したところ、縁までなみなみと水が満たされている。
ちょっと入れすぎじゃない? お父さんが入れたの? それともお母さん?
まあ入ってるならいいか、と立ち去ろうとしたところでボウルの水面がざわざわと揺れた。地震かと思ったがその様子はない。
風かなにかでさざ波が立っているのかと思ったが、見ているうちに波が大きくなり、やがて中央に渦が巻き始めた。
どうしてこんなところに勝手に渦が巻いてるんだろう。Uさんは犬と並んでこの渦を見守った。
すると突然ポチャン、と水が跳ね、渦がなくなった。水面は急に静かになってしまった。
しかしそれだけではなかった。ボウルの中に黒い何かが動いている。
魚だ。五センチ程度の小魚が泳いでいる。
一体どこから魚が現れたのか。近くに川や沼があるわけでもない。上から降ってくるはずもない。
渦の中から魚が突然現れたようにしか見えなかった。Uさんは慌ててお母さんを呼んだが、魚が急に現れたと言っても全く信じてもらえなかった。
そんなところに魚を入れちゃだめよ。お母さんはUさんが魚を入れたとしか思わないようだった。


それから数日後、今度は小学校の教室でのこと。
当時、教室の水槽で金魚を飼っていた。休み時間にこの水槽を見ていた友達がUさんを呼んだ。
ねえ、渦ができてるよ。
見れば確かに水面に渦が巻いている。これを見てふとUさんは数日前のことを思い出した。
また魚が出てきたりするのだろうか。
友達と一緒に渦を眺めていたが、ほんの一分かそこらで渦は小さくなって消えた。
水槽を見渡したが、魚が増えた様子はない。
あのときとは違うか、とほっとしたような残念なような気持ちになったが、すぐに異変に気づいた。
金魚が減っている。
四匹いたはずの金魚が二匹しかいない。
Uさんと友達が水槽の近くでなにかしていた、と先生に告げ口があったらしく、後で先生から金魚が減ったことについて詳しく訊かれたが、なんとも答えようがなかった。
ほとんど犯人扱いで先生に叱られながらも、Uさんは消えた金魚のことで頭がいっぱいだった。
――水槽に渦ができていたのと同時にどこか離れた別の水面にもうひとつの渦が現れて、金魚は渦を通してそちらへと移動したのではないだろうか。うちの水に出てきた魚も渦を通って別の水中からやってきたのではないか。