思い出の家

Kさんは経営していた会社が倒産したので、家を売ってなんとか負債に充てた。
知人の紹介で隣県に仕事を見つけ、そちらに家族で引越したのだが、それから二年ほど経った頃のこと。Kさんが以前住んでいた家を買った人から、不動産業者を通じて連絡があった。
Kさんのお父さんらしき人が家に現れるのを何とかしてほしいのだという。
家に時折、見知らぬ老人が現れる。家の周囲で見かけることもあるし、庭をうろついていることもある。
流石に無断で庭まで入ってこられるのは困る。捕まえようとしたのだが、捕まらない。追いかけるとすぐに何処かへ姿を消してしまう。
近所の人もその老人を目撃していて、あれは前に住んでいたKさんのお父さんに見えるというので連絡を寄越したのだという。
それを聞いてKさんは困惑した。
Kさんのお父さんはその頃介護施設に入居しており、一人では歩くこともできないので勝手に前の家を訪ねていくということは考えにくい。実際、施設に問い合わせるとお父さんは外出していないということだった。
それを相手に伝えて、だから人違いですと言っておいたのだがまたしばらくして同様の連絡が来た。やはりKさんのお父さんらしき老人が姿を見せるという。今度は家の中にまで現れるという。
厳重に戸締まりをしても入ってくる。追うといなくなる。何とかしてくれと前回より強い言葉で言ってきた。
そう言われても困る。以前にも伝えたように父が一人で以前の家を訪れるはずがないし、施設に入る時に合鍵を持たせていなかったから勝手に家に入ることもできない。
そもそも、相手の話ではあまりに神出鬼没で、まるで幽霊か何かではないか。お父さんは生きているから生霊か。
流石に悪戯か何かだろうと思ったのだが、少し気にはなるので、Kさんは次に施設に面会に行った時に聞いてみた。親父、何か変わったことなかった?
すると認知症が進んでスムーズに受け答えできないものの、お父さんは断片的に語った。
夢の中で、子供の頃に住んでいた家に帰ることがある。すると家には知らない人が暮らしていて、お父さんを見つけると追い出そうとするのだという。
これを聞いてKさんは驚いた。例の話と似ているからだ。
しかし辻褄は合っていない。お父さんが子供の頃に住んでいた家というのはもうずっと前に取り壊されていて、Kさんが売った家とは全く別の場所だ。仮にお父さんの生霊か何かが現れているにしても、夢に見ている方の家があった場所に出るのが自然だ。
だからやはり現れているのは別人だろうと思うことにして、向こうにも返事はしなかった。
その後どうなったのかはそれ以来何とも言ってこないので知らないという。