映る美容師

Wさんが行きつけの美容室に髪を切りに行った。
この店は入ってすぐの待合スペースに熱帯魚の入った水槽が置かれていて、髪を切っているときにも鏡越しにそれが見える。Wさんは別段魚が好きというわけでもないのだが、散髪中は鏡に映るこの水槽を何となく眺めるのがいつものことだった。
このときも髪を切られている最中に水槽を見ていたのだが、そのうちにふと気づいたことがあった。
水槽に美容師の姿が映っているのが見える。しかし、その本人がどこにいるのかがわからないのだ。
青いシャツを着てハサミを手にした男性美容師が熱心に作業する姿がはっきり水槽に映っている。だが店内を見ても、美容師たちは揃いのグレーのシャツを着ており、青い服を着ている人は誰もいない。顔は角度のせいで斜め後ろからしか見えないが、店内にいるどの美容師とも違うように思える。
映っているのが水槽だから青く見えるのかとも考えたが、他の人が水槽に映る姿と比べると色がはっきり違う。やはりあれは青い服を着ているようだ。
更に不可解なのは、髪を切っているような動きをしているのに、切られている人の姿が映っていないことだ。
見えない頭を相手にして髪を切っているように見える。まるでパントマイムだ。
あれは一体誰なのか。というより、何なのか。


そちらに気を取られているうちにWさんの散髪が終わった。
会計を済ませたときに何気ない態度で店員に聞いてみた。ここの美容師さんって青い服でお仕事してたことありましたっけ?
青ですか? ウチではなかったですね。
不思議そうな顔で返された。
その後もWさんはこの店を利用しているが、青い服の美容師を見たのはあの一度きりだったという。