うちの

Mさんが子供の頃住んでいた町内に、家を買って引越してきた若い夫婦がいた。
周囲から見てもとても仲の良い夫婦で、特に問題があるようには思えなかったというが、引越しから一年ほどで妻が突然姿を消した。
夫の方は酷い取り乱しようで、警察に捜索願を出すだけでなく、親戚や知り合いをはじめ近所中にも妻の行き先を聞いて回ったようだったが成果は無かったらしい。
結局夫は妻の失踪から二年ほど後に家を売って他所へ引越していった。
それから少し後、Mさんの家の近所でその夫を見たという話がちらほら聞かれるようになった。
夕方頃、家に誰かが訪ねてくる。出てみると引越していったあの夫だ。


「うちの見てませんか」


うちの、とはいなくなった妻のことだろう。
見ていないと答えると夫は落胆した様子で背を向け、ふっと消えるのだという。
そんな話が一つや二つではない。
だが伝え聞くところによると、引越した夫は別の町で暮らしているという。生きているならば幽霊ではあるまい。それならばあの消える男は一体何なのだろう。
Mさんの家にもそれは現れた。当時小学生だったMさんは来客の応対には出なかったので直接見ることはなかったが、母親と祖父が一度ずつ見たという。
母も祖父もそれを見た直後はすっかり青い顔をしていたことを、Mさんはよく覚えている。
しかし出る頻度は次第に減っていったようで、Mさんが中学生の頃にはもうほとんど出なくなっていたということである。