文化祭

Kさんは高校二年生の時、文化祭実行委員に参加した。
九月末の文化祭に向けて四月の内から打ち合わせや準備に奔走し、その甲斐あって大過なく当日を迎えることができた。
本番になってしまえばもう実行委員に大した仕事はなく、本部で待機するか校内を見回るかくらいのものだ。
午前中は本部でゆっくりしていたKさんだったが、午後は見物がてら見回りに出ることにした。
各学年の教室がある棟から渡り廊下を通り、特別教室がある棟に回って階段を登っていったときのこと。
三階の廊下を着物姿の女の人が横切っていくのが目に入った。
着古したような褪せた色の和服を着た三十代くらいの女性で、まっすぐに廊下の奥に歩いていく。
文化祭なので校外のお客さんがいる事自体は不思議ではないのだが、その棟の三階には出し物がない。
行き先を間違えているのかと思い、Kさんは案内してあげようとその後を追った。
階段を上がって廊下に出るとその先に女性の後ろ姿が見えたので、すぐに声を掛けた。
「そっちはどこも閉まってますよ」
しかし女性は振り向きもせず廊下の奥にどんどん進んでいく。
――自分のことだと思ってないのかな?
Kさんは更に声をかけながら女性を追いかけた。
「すみません、ちょっと」
だが女性は止まらない。
何だか様子がおかしいな、と思ったKさんだったが放っておく訳にもいかないのでそのまま追いかけた。
とは言えその棟には階段が一箇所しかないのでその廊下の先は行き止まりで、廊下沿いの教室も全て施錠されているから突き当たったら戻って来る以外にない。
もうすぐ女性が行き止まりにさしかかるのでKさんも歩調を緩めた。
すると女性は同じスピードのまま突き当りの壁に進んでいったかと思うと、次の瞬間スッと横に平行移動するようにずれて見えなくなった。
Kさんは目を疑った。ヒトの動きではない。
ずれた先は廊下の窓だが、そこも閉まっている。
さっきの女性はどこへ消えたのか?
一応廊下沿いの教室のドアや窓も確かめてみたものの、全て施錠されていて閉まったままになっている。
……そういえば。
そこでようやくKさんはひとつ気が付いたことがあった。
女性を追いかけている間、足音は自分のものしか聞こえていなかったのだ。
一体あれは何だったのか? 確かに目の前を歩いていたはずなのに……。
しかし考えても全くわからないのでKさんはそのまま見回りを続け、文化祭は特にトラブルもなく無事に終わったという。