南校舎

Oさんは高校生の時に軽音楽同好会に所属していた。
教室棟にある音楽室は吹奏楽部が使うので、同好会の練習は南校舎と呼ばれる別棟の二階で行われていた。この南校舎では時々変な出来事が起きたのだという。


ある日の夕方、Oさんが練習に行ったときのこと。南校舎の階段を上がったところで、二階の一室のドアが開いているのが見えた。
いつもOさんが練習に使っている部屋だ。誰か他のメンバーが先に来ているようだ。
そのまま廊下を進んでいくと、その開いたドアの中からぬっと腕が伸びてドアノブを掴み、パタンと音を立てて閉めてしまった。
見えたのは一瞬だったが、赤いチェック柄の長袖を着た腕だった。制服ではないから部員ではなさそうだった。
誰が来てるのかな、と思いながらOさんは数秒後同じドアを開けようとしたが、施錠されている。
今誰かがここ中から閉めたよな。悪戯で中から鍵かけたんかな。
元々自分が開けるつもりで鍵を持っていたOさんは、すぐにドアを開けた。しかし中には誰の姿もない。
その部屋にはドアはひとつしかない。窓はすべて内側から施錠されている。
さっき見えた腕の人はどこから出て行ったんだ?
そもそもあれ、誰だったんだ?
――という体験をあとで同好会の他のメンバーに話したところ、そんな腕を見たことがあるという者は他にいなかった。ただ、他の部屋でも閉めたはずのドアがいつのまにか開いていたことがあった、という話はいくつか出てきたという。
腑に落ちないままではあったが、無くなったものがあるわけでもなく、特に困ったことも起きていないのでその話はそこまでとなった。


その翌週、また同好会活動中のことである。
Oさんたちは練習していた曲をレコーダーに録音して演奏をチェックしていた。すると聴いているうちに何だか奇妙なことに気がついて、メンバーたちがいずれも訝しげな面持ちになった。
音が多いのである。
その時のメンバーにはギターは一人しかいなかったのに、なぜかギターの音が二本分聞こえる。一人が弾いているメロディーの裏でもう一本のギターが別のフレーズを弾いているのがはっきりわかる。
コードもリズムも合っていて、何も知らない人が聞けばその場で合わせて弾いているようにしか思えないだろう。
しかし録音中はそんな音は誰も気づかなかったし、それらしき人もギターも見ていない。
何度聴いても確かにギターは二本分鳴っている。不思議ではあったが自分たちの演奏を確認するには邪魔だ。
もう一度録り直そうということになったが、今度はそこにいるメンバーが弾いた分しか録音されなかったので、皆ホッとした表情になった。