アパートの軒先に毎日豆腐が置かれていたことがあった、とHさんはいう。
ある朝出勤しようと部屋を出ると、目の前のコンクリートの上に豆腐が一丁、ぽつんと置いてある。
パック入りではなく、剥きだしの豆腐。
まだ置いたばかりらしく、豆腐はじっとりと濡れていて、周りのコンクリートにも水が滲んでいる。
それが毎朝続いた。
いつも同じ場所に豆腐が置かれている。
放っておくとHさんが置いたと思われるので、仕方無しにHさんが豆腐を片付けた。
誰がやっているのかは知らないが勿体ないことをする、と呆れたし、片付けるのが面倒でもある。
待ち伏せして、豆腐を置く瞬間を押さえてやろうと思い立った。
次の日曜日、いつもより二時間ほど早起きしたHさんは、ドアをそっと開けると、豆腐が置かれていないのを確認した。
そしてすぐドアを閉めて、ドアスコープから外を覗いた。
毎日豆腐が置かれる位置はドアスコープからもよく見えるので、位置が変わらない限りは十分な監視になると考えたのだ。
しかし暗くてよく見えない。
確かに外はまだ薄暗いのだが、アパートの前には街灯があるから暗いはずはない。
となるとドアスコープにゴミでも付いているのか。
外から確認しようとドアを開けたHさんのすぐ目の前に、誰かが立っていた。
誰だ、とHさんが顔を見たところ、大きく開けた口が見えた。
というか、顔のあたりには口しかない。
顔に凹凸がまるでなく、のっぺらぼうのようでいて下半分は叫ぶように大きく口を開けている。
頭の上まで殻をむいたゆで卵のように真っ白なくせに、口の中だけはてらてらと肉の色をしていて、黄色い歯も並んでいた。
白いのは頭だけではなく、首の下から脚のほうまで同じようにつるりとした質感で、まるでガラスか何かでできた像のようにも見えたという。
何だこりゃ!?
思わずHさんが一歩踏み出そうとした瞬間、その白い何かがぱっと消えた。
テレビのスイッチを切ったかのように、一瞬で消え失せたという。
慌ててドアを全開にしたHさんの目に、いつもの場所に置かれた豆腐が映った。
先程ドアを閉めてから、一分間にも満たないうちの出来事だった。
結局その日を最後に、豆腐は置かれなくなったという。