落ちる服

京都にあるクリーニング店の話。
店舗の奥の、預かっている服を吊るしておく部屋の一隅には、いつも空いているスペースがある。
そこにもハンガーを掛けるための竿が渡してあり、吊るそうと思えば十着くらいは吊るしておけるのだが、そうしない。
どんなに他の竿がハンガーで一杯になっていても、ここの竿にだけは服を吊るさないことになっているのだという。
ある時、そのことを聞かされていなかった新人アルバイトの学生が、ここにクリーニング済みの服を数着吊るした。
学生が部屋を出て行こうとしたとき、背後で物が幾つも落ちる音がした。
音のした方を覗いてみると、先ほど吊るしたばかりの服がみな床に落ちている。
クリーニングが終わったばかりなのに皺になっては大変だと、慌てて拾い上げて元の場所に吊るした。
しかしなぜ落ちたのか。
竿はしっかり嵌まっているし、ハンガーのフックも壊れていない。
室内には他に誰もいないから、誰かが落としたはずもない。
仮に吊るし方が悪かったならばすぐに落ちてもいいはずで、数十秒の時間を置いて思い出したように落ちるのは奇妙だった。
首を捻りながらも、今度は吊るした服を少し引っ張って、落ちないことを確認してからまた部屋を出ようとした。
ドアに手を掛けたところで、また同じように物が落ちる音がする。
なんで!?
やはり先程と同じ服だけが落ちている。
今度は明らかにおかしい。
落ちないようにしっかり吊るしたのは確認したのだ。
なぜ落ちたのか、原因を突き止めないことには納得がいかなかった。
落ちた服を拾って別の場所に吊るすと、今度は空いているハンガーを何本か持ってきて、同じ竿に吊るした。
十数秒ほど眺めていたが、落ちる気配はない。
服とは重さが違うからだろうか。
そう考えた彼は、クリーニング前の適当な服をこっそり吊るして実験してみようと思いついた。
服を取りに歩き出した時、背後でカチャカチャ音がする。
肩越しに振り向くと、先程のハンガーに手が伸びていた。
真っ白で細い、恐らくは女の腕だった。
それが、にゅっと壁から生えているのである。
白い腕は、竿に掛かっているハンガーをまとめて掴んで床に放り出した。
そしてすぐに、するすると壁の中に戻っていった。
うわっ!なんやあれ!
肝を潰した彼は、落ちたハンガーを拾うこともせずに部屋を飛び出した。
カウンターで店番をしている店主の所に駆け込んで、たった今見たもののことを話すと、店主は済まなそうな顔をした。
悪かったなあ、うっかり教えとくのを忘れてたわ。……仕事、続けられるか?
無理です、と首を振ってその日にアルバイトを辞めたという。