スタッフルーム

Aさんがファミリーレストランのチェーン店でアルバイトをしていた時のこと。
休憩時間にスタッフルームのソファーで横になっていると、部屋の隅に置いてあるポリバケツが大きな音を立てた。
びっくりして跳ね起きたAさんが目をやると、音を立てたらしきバケツはまだわずかに揺れていた。
バケツは壁際に置かれたロッカーの脇にあるから、ロッカーの上に置いてあったものが落ちてバケツの中に入ったようだった。
何が落ちたんだろう、と近寄って覗き込んだもののバケツの中は空。
バケツの底に当たって跳ね返ったんだろうか、と周囲を見回しても落ちているものは特にない。
何だったんだ一体、と腑に落ちないながらもソファーに戻ろうとしたAさんだったが、そこで制服の袖を後ろに引っ張られた。
振り返るとロッカーの扉に袖が挟まっている。少しイライラしながら腕を引っ張ると袖はすぐ取れたが、同時に疑問が湧いた。
ロッカーを開けてないのに、なんで袖が挟まるんだよ。
中に何かあるんだろうか、とロッカーを開けようとしたAさんだったが、手をかけたところでロッカーの中から声がした。
「やめろ……」
低い、男の声だった。
中に誰かいるのか?不審者?
――とりあえず他の人を呼んできてから開けた方がいいな。
Aさんはロッカーの前にソファーを移動して開けられないようにしてからスタッフルームを出た。
しかし店長を連れて戻ってみるとなぜかロッカーがない。
ロッカーの前に移動したソファーはそのままなのに、壁際からロッカーが消えているのだ。ロッカーの厚みの分だけ壁から離れてソファーがある。
「こんなところにロッカーなんて置いてなかったじゃない」
店長の言葉でAさんははっと気がついた。当たり前のようにあったからそのまま受け入れてしまっていたが、そういえば元々その場所にはロッカーなど置かれていなかった。
じゃあ先程見たものは何だったのか。ソファーを動かしたのだから確かにそこには何かがあったはずなのだが。
寝ぼけていたということにして店長には言い訳したものの、Aさんは全く納得できなかった。


Aさんはそれから一年半その店のアルバイトを続けたが、出勤する度にその場所にロッカーが置いてないか確かめていたという。