本棚

Mさんが仕事を終えて帰宅すると壁際にあった本棚がなぜか倒れていた。
まっすぐきれいに倒れたらしく、中身の本が辺りに散らばってもいない。
地震?いや空き巣!?と身構えたものの、特に他の家具に変わったところはない。
そもそも家具が倒れるほどの地震が起きたという話は聞かなかった。
本棚と言っても高さ1メートルほどのカラーボックスで、地震があったとしても他の家具より先に倒れるのは考えにくい。
ならばやはり空き巣か何かがこんなことをやっていったのだろうか。
しかしその倒れ方も奇妙だった。
壁際に置いてあった本棚が前に倒れたのならば、底が壁から離れているはずだ。
しかしその時は本棚の底板が壁にぴったりついている。
誰かが本棚を倒していったのだとしても、なぜそんな置き方をしていったのか見当もつかなかった。
念のため部屋中を点検してみたものの、特に無くなっているものもなく、本棚以外に変わったところはない。
腑に落ちないながらも、とりあえず本棚を元通りにしようとその側面に手を掛けた時である。
本棚の内側から軽く叩くような音がした。手のひらに微かな振動も感じられた。
……中に何かいる?
ネズミか?虫か?
一体何がいるんだろうとMさんは一旦本棚から手を離し、側面に耳を当てて背板を軽く叩いてみた。
すると。
「……おーい……ここを……して……なん……」
小さな声が聞こえた。
本棚の中からだ。
そんな馬鹿な。
とても人が入れるような大きさではない。Mさんの頭の中に、小人が本棚の中に閉じ込められている絵が浮かんだ。
小人なんてまさか。しかしなんだ今の声は。
とにかく本棚を持ち上げてみればわかることだ。
Mさんは気を取り直して本棚の側面をしっかりと持ち、真上へと一気に持ち上げた。
中身の本が足元にバサァと倒れて広がった。
Mさんはそこから目を離さなかったが、小人どころかネズミも虫も出てこなかった。
崩れた本を棚に並べながらその間も確認したものの、特におかしなものも挟まっていない。
結局なぜ本棚が倒れていたのか、本棚の中から聞こえた声は何だったのか、一切不明のままである。


ただ、確かにあの時本棚の中には何かがいたのだとMさんは言う。