白無垢

Tさんは大学を出てから約三年間、衣料品店で店員として働いていた。
勤めていた店舗は大きな十字路の一角にあり、大通りを挟んで斜向かいに葬儀場のビルがあった。
お昼休憩などで店舗の外に出た時に、その葬儀場に葬儀の参列者が出入りしているのを見ることも少なくなかった。
するとある時、その参列者の黒い姿に交じって真っ白い服を着た人がいることに気がついた。
純白の着物に角隠しを着けたそれは、どう見ても白無垢の花嫁衣装だ。顔にも真っ白に白粉を塗っているようだった。
葬儀場には全く相応しくない姿である。
何だあれ?とTさんが怪訝に眺める先で白無垢の花嫁は葬儀場の入り口を出たり入ったり、うろうろしているうちに見えなくなった。
変なものを見た、と首を傾げたTさんだったが、また少し経ってから全く同じ白無垢の姿を同じ場所と状況、つまり葬儀の参列者の中で見てしまった。
一体何なの、あれは?
すっかり気になってしまったTさんは後で先輩の店員や店長がいる時に尋ねてみた。
――このあたりのお葬式って、真っ白い衣装を着て参列する習慣とかってありますか?何回か向こうの葬儀場でそういう人を見たんですけど。
すると同僚も店長もはっとした様子で顔を見合わせた。
「……Tちゃん、それは習慣とかそういうのじゃないから。悪いこと言わないから、見なかったことにした方がいいよ」
店長がいかにも嫌そうな様子でそう言うので、詳しく知りたかったTさんもそれ以上は聞けなかった。


その後その店を辞めるまでの間、Tさんは同じ場所で真っ白な花嫁姿を更に何度か見かけた。
参列者たちがその異質な姿を全く気にしている様子がなさそうだったのがとても不思議だった。
後から考えてみると、参列者からはあの花嫁が見えていなかったのかもしれない、と思って改めてぞっとしたのだという。