雨合羽

受験生のRさんが休日に自室で勉強していたときのこと。
二時間ほど根を詰めて机に向かっていたので少し休憩しようと、窓際に寄って網戸越しに外を眺めた。
初夏の午後で少し暑いくらいの陽気のせいか、外を歩いている人はほとんど見当たらない。
Rさんの家はアパートの三階にあり、窓から入ってくるそよ風が爽やかで心地よかった。
そのままぼんやり町の様子を見ていると、眼下の道路に黄色い人影が現れた。
何気なくそちらに焦点を合わせると黄色いのは雨合羽の色だとわかった。
小学生が着るような真っ黄色の雨合羽をフードまできっちり被っている。背丈もおそらくは小学生くらいだった。
だが天気は快晴。雨合羽など何のために着ているのだろうか。
――新しい合羽を買ってもらって嬉しいから、晴れてても着て出かけたのかな?
そんな想像をしながらRさんはその姿を目で追った。黄色い姿がとことこと道路を進んでゆく。
少し進んだところでその子は少し立ち止まり、辺りを見回してから道路を挟んだ向かい側の民家の玄関前へと入っていった。
そして玄関脇の呼び鈴のボタンを押したように見えたが、次の瞬間にはふっと見えなくなった。
玄関の周りの物陰に隠れたようにも見えず、ただその場で掻き消すように消えたようにしか見えなかった。
そもそも玄関の周囲には小さな鉢植えくらいしか見当たらず、身を隠せそうな場所がない。
えっ、あの子どこに行った?とよく目を凝らしたところで玄関が開き、中からその家のおじいさんが出てきた。
呼び鈴を鳴らした人の姿がどこにもないのでおじいさんも怪訝な様子で辺りを見回している。
すると、突然そこに重い音が響いた。
驚いたRさんがそちらに視線を移すと、アパートの前に立っている電柱に一台のトラックが激突して煙を上げていた。
Rさんは慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け下りて事故現場へと向かった。


ブレーキをかけた様子がなかったことからも、事故はトラック運転手の居眠りが原因らしかった。
だから黄色い雨合羽の子どもと事故とは特に関係はないはずだった。
しかし上から見ていたRさんからは、子どもが呼び鈴を押したのと事故が起きたのが続けざまの出来事だったことがよくわかった。
だからあの雨合羽を着た子がおじいさんに事故が起きることを知らせたように思えて仕方がなかったという。