路面電車

Hさんが職場の飲み会に参加した後のこと。
ある先輩がすっかり酔いつぶれてしまったので、帰る方向が同じだったHさんともう一人の同僚で送っていくことになった。
先輩の家の最寄り駅で下りたところ駅前にはタクシーもいない。
仕方なく先輩を半ば引きずるように歩いていたHさんたちだったが、先輩は途中の道端で「ちょっと休憩」と言って座り込んでしまった。
いくら促しても先輩は生返事するばかりで一向に立ち上がろうとしないので、Hさんたちはほとほと困ってしまった。
するとそこへ先程降りた駅の方向からゴトンゴトンと重い響きが近づいてくる。
「おお、電車来たな。あれに乗って帰るぞお前ら」
先輩が座ったまま呑気にそんなことを言ったが、確かに近づいてきたのは電車だった。
ヘッドライトを灯した二両編成の列車が道路の上を音を立てて走ってくる。
路面電車
Hさんたちの眼の前を電車はそのまま通り過ぎ、やがて家々の陰に隠れて見えなくなった。走行音も遠ざかってやがて消えた。
通り過ぎる時には車両の中に乗っている人々の後頭部まではっきり見えたという。
「なんだよ電車行っちゃっただろ。乗るって言ってんのになんでお前ら停めないんだよ」
先輩は本気で路面電車に乗るつもりだったのか、呂律の回らない口でそんなことを言う。
先輩、駅じゃなきゃ電車は停まりませんよ、とHさんたちは彼をなだめながらようやく立ち上がらせたが、歩きだしながら道路を見渡すと線路などどこにもない。そもそも駅からそこまでの道でも路面電車の線路なんて見た覚えがなかった。
じゃあさっきの路面電車はなんだったんだ?そもそもこんな所に路面電車が通っているなんて聞いたことがない。
もしあれに乗っていたらどこに行ってたんだ……?