泥酔

花見の席でのこと。
会社の同僚たちで花見をすることになり、市内の公園にブルーシートを敷いて酒盛りが始まった。
そのうちに一人の男性が酔っ払ったと言って、数メートル向こうにあるベンチに歩いて行った。
先程から人一倍アルコールを口にしていたようで、足取りも危なっかしい。
ベンチにたどり着くやいなや、その上に崩れ落ちるように横になった。
……あれはだいぶ参ってるな。しばらく放っておこう。
同僚たちは彼をそのままにして宴会を続けた。
そうしているうちに日も傾いてきて、風も冷たくなってきたのでそろそろ撤収しようと、同僚の一人がベンチで寝ている彼を起こしに行った。
すると、ベンチに近づいた所で振り返り、慌てた様子で戻ってくる。
ど、泥。
ベンチを指さしてそう言うが、それだけでは何のことだかわからない。
他のみんなもぞろぞろとベンチまで歩いて行ってみると、そこに横たわっていたのは真っ黒なかたまりだった。
人の形をした土のかたまりがベンチに寝ている。
なんだこれは。
頭、胴体、手足、というように成人男性の体と同じくらいの大きさの土くれが人の体のように並べられているのである。
遠目には人が寝ているようにも見える。
しかし先程そこに寝ていたはずの同僚はどこに行ってしまったのか。
ずっと誰かが眺めていたわけではないものの、ベンチは花見の席からすぐ近くに見える。
寝ていた彼が起き上がれば、誰かが気付いていたはずだ。しかしだれも彼が立ち去るのを見ていないのに、ベンチには土人形しかいない。
あいつがこれになっちまったのか?
だれかがそんなことをつぶやいたが、まさかそんなはずもない。
ただこの場に彼がいないのも事実なので、携帯電話にかけてみるとやや時間を置いて繋がった。
しかし電話の向こうの彼は、昨夜から熱を出して寝込んでおり、花見には最初から行っていないという。
幹事には電話をしたと言うが、それを聞いた幹事は首を横に振った。
本当に彼が最初から来ていなかったのだとすれば、酒に酔ってベンチに寝ていたのは一体だれだったのか。
そして、なぜ彼は土に変わってしまったのだろうか。


みんなの酔いはすっかり醒めてしまったという。