やってきた祖母

大学生になったばかりのTさんがアパートの自室で寝ていた時のこと。
突然誰かに揺り動かされて目が覚めた。
ベッドの脇に立っているのは母方のお祖母さんで、寝ぼけ眼のTさんに向かってこう言う。
「ほら、そこの棚が崩れそうだよ、危ないよ」
ベッドの枕元側の壁際には組み立て式のパイプ棚が立ててあって、箱や雑誌などを色々と載せてあった。
お祖母さんの言葉にはっとしてTさんが棚に手を伸ばしたところ、触れるか触れないかの所で棚がガタンと落ち、載せてあったものがベッドの上になだれ落ちてきた。どうやら組み立てが半端で、載せたものの重みに耐え切れなかったらしい。
寝ている時に棚が落ちていたら……、と肝を冷やしたTさんはお祖母さんにお礼を言おうと振り返ったが部屋のどこにも姿が見えない。
いきなり叩き起こされたので気づくのが遅れたが、そもそもお祖母さんは二年ほど前から脚を悪くして養護施設に入っており、一人で訪ねてこれるはずもない。
すぐに実家に電話して母に聞いてみたところ、やはりTさんのところに行ったはずなどないという。
何かお祖母さんの身にあったのではないか、と気になったTさんはすぐに電車に乗って郷里に向かい、翌日にはお祖母さんの暮らす施設を訪ねた。
Tさんの心配をよそにお祖母さんは元気な様子だったが、耳が遠く、施設に入ってからやや進んだ認知症のせいもあり、崩れた棚のことを聞いてもはっきりした答えは得られなかった。
しかしそれからはTさんも以前より頻繁にお祖母さんの元を訪ねるようになり、孫の顔をよく見るようになったためか、お祖母さんの認知症も幾分改善されてきたという。