来ないでくれ

Yさんという女性に、以前付き合っていた男性から電話がかかってきた。
付き合っていた当時は結婚も考えていたが、男性の浮気がきっかけでひどい別れ方をして、それっきり彼とは会っていなかった。
「俺の職場に来るなんて、どういうつもりなんだ!」
男性はひどく怒っている様子でそんなことを言う。
しかし、Yさんには男性の職場になど行った覚えはない。
そう主張すると、男性はいいやあれはお前に間違いない、という。
詳しく聞くと、男性の職場である学校に、ここ一週間ほどYさんらしき女性が出没しているのだという。
それも、生徒や他の教師の前には姿を現さず、男性にしか見えないような場所やタイミングでうろついているらしい。
そんなことを言われても、Yさんにも仕事がある。わざわざ別れた男を見に行っているほど暇ではない。
それは自分ではない、ということをYさんはくり返し説明したが、男性はたしかにあれはお前だった、と聞く耳を持たなかった。


それから十日ほど経ったある日のことである。
Yさんの所に警察官が訪ねてきた。
例の男性の所に行っていないか、と言う。どうやら彼が通報したものらしかった。
仕方がないので、Yさんはここ一週間ほどの自分の行動を説明してそんな暇がなかったことを主張した。
同僚の証言からもYさんの言葉が正しいことが裏づけられたので、Yさんの疑いは晴れた。


それから更に三週間ほど経ったある日。
再び男性から電話がかかってきた。
「本当に頼む、もう許してくれ」
まだYさんのような女性が周りにうろついているのだという。
そのことについてYさんには全く心当たりはないのだが、確かに過去のことから彼のことを大いに憎んではいた。
以前と違って彼はひどく弱った様子で言った。
「……俺、もうすぐ結婚するんだ。お前のことは本当に悪かったと思ってる。許してもらえないと、俺……」
そうやって必死に謝る男性の声を聞いているうちに、Yさんもふっと馬鹿馬鹿しい気分になった。
こんなつまらない男にいつまでも怒って、私バカみたいじゃない。
「いいわよ、もう前のことなんて。私が許すって言えばそれでいいんでしょう。もう気にしてないわよ。あなたの顔は見たくないけど」
そう言ってYさんは電話を切った。
その後男性から連絡はないので、出没していた女性については結局どうなったのかわからずじまいだが、人づてに聞いた話によれば、男性の結婚
は破談になったということだった。