湧き水

高校の夏休みでの話。
午前中、幾つかの運動部がグラウンドで練習していると、数人の先生がプレハブの体育倉庫の前に集まってきた。
扉を開けようとしているが、どうも開かないらしい。
何か深刻そうな様子なので、近くにいた生徒が「何かあったんですか?」と聞いてみた。
すると、知らない子どもが校内を走り回っていて、追いかけたらここに逃げ込んだんだ、という。
生徒たちは練習に集中していたためか、そんな子をみた覚えはなかったが、確かに倉庫の扉は開かなくなっている。
中から鍵が閉まるようにはなっていないから、誰かが中でつっかえ棒でもしていると考えるのが妥当だった。
いくら声をかけても中からは何の反応もないので、しかたなく若い男の先生が力づくで扉を破ることになった。
少し助走をつけて力一杯、扉に体当たりしたその時。
――ゴボゴボゴボッ。
倉庫の中から、急に水音が漏れてきた。
いや、音だけではない。扉の下からは水がじわじわ溢れてくる。
水は続々と流れだし、次第に勢いを増してきてその場にいた人はひとまず倉庫から離れるほどだった。
数分の後、ようやく水がおさまったようなので改めて扉を破ろうとしたところ、なぜか今度はすんなりと開く。
中は当然のように水浸しになっていたが、探していた子どもの姿などどこにもない。
子どもがいなくなったことも不思議だったが、それよりも奇妙なのは流れだした水である。
倉庫の中にも周囲にも水道はなく、あれほどの量の水がどこから現れたのかが全くわからない。
その日の午後は体育倉庫の掃除で大変だった。


その後、倉庫のあちこちが急に錆つき始め、半年も経つ頃にはすっかりボロボロになり、翌年には老朽化を理由に取り壊されてしまったという。