灰色の人型

Tさんが銚子の海に釣りに行った。
夕方から港の堤防で釣っていたが、何だかその日は全く成果がない。
もっとも、そのポイントは日によって当たり外れが大きいのでそれほど気にせず、もう少ししても釣れなかったら場所を移そうと思っていた。
穏やかな波をぼんやりと眺めながら釣り竿を握っていると、ふと、後ろに誰か立った気配があった。
「どうですかあ?」
すぐに後ろからそんな声がしたので、今日は全然ダメだわ、と言いながら振り向いてTさんはそのまま固まってしまった。
後ろに立っていたのは、人の形はしているものの、全身灰色をしたよくわからないものだったのである。
全身タイツ姿なのかとも思ったが、夕日に照らされたそれは光沢を帯びてプラスチックのような質感があり、継ぎ目も見当たらず、布やゴムを被っているようには見えない。
驚きのあまりTさんが物も言えずにいると、その何かはふっと風に煙が流されるかのように空中に掻き消えたという。
後には、濡れた足跡が左右一つずつだけ残されていた。


その後もその灰色の人型をした何かは釣りをしているTさんの後ろから声をかけてきた。
毎回、返事をするとすぐに消えるから実害はないので、次第にTさんも慣れてきてしまった。
ただ、それが出てくる日は決まって釣果が上がらないので、会ってしまったらすぐに帰るようになったのだという。