天狗倒し

ある人が釣り友達二人と茨城の港で夜釣りをした時の話。
夕方からずっと風も弱いままで、波も穏やかな夜だったという。
護岸に立ってしばらく釣っていたものの、かかるのは雑魚ばかりで目当ての魚が来ない。
場所を変えてみるかな、と思っていた丁度その時である。
メリメリメリメリッ……ドスンッ!
不意に大きな音が辺りに響いた。
大きな木を伐り倒したような音である。そうとしか聞こえなかった。
思わず互いに視線を交わす。
今いるのは港で、近くに木を伐り倒すような森林などない。
或いは知らないだけでどこかに大木が生えているのだとしても、こんな夜中に伐るはずがない。
しかも今の音は、気のせいでなければ海の方から聞こえてきたように思えた。
三人で海の方に目をやったものの、暗いばかりで何も変わったものは見えない。
ただ真っ黒な水平線の上に星が見えるだけである。
どこかから音が反響してきたのかな、などと無理やり説明付けて、再び釣りを再開した。
メリメリメリメリッ……。
ドスンッ!
数分して、また同じ音がした。
今度はもう紛れもなく、海の方から音がしたのがわかった。
それでもう気味が悪くなって、その日はそこで帰ってしまったという。


山中で大木が倒れるような音だけが響く、という現象があり、「天狗倒し」と呼ばれている。
今回の話を聞いた時にもこれは正しく天狗倒しだと思ったのだが、果たして海で起きた場合でもそう呼んでよいものだろうか?