海異

Fさんが若い頃、友人二人と一緒にドライブしたときのこと。
鹿島港から北へと海沿いの道を進んでいたところ、運転していた友人が突然車を道端に停め、何も言わずに車から飛び出していった。
なんだあいつ、トイレか?
もうひとりの友人とFさんは顔を見合わせたが、彼が走っていくその先には海しかない。
様子がおかしいぞ、と遅ればせながら二人も車を出て後を追いかけた。
先を走る友人はそのままの勢いで水に突入し、波を掻き分けながら沖に向かって尚も進んでいく。
あれはまずい、とFさんたちも続いて水に入った。
十一月のことで水は冷たかったが、何とか追いついて止めようとした。しかし彼は離せ、行かなきゃとわめいて暴れる。
仕方なく羽交い締めにして海から引きずり上げようとしたところで、前方の海面にあるものが目に入った。
最初は仏像かと思ったが、よく見るとそれらしき意匠がない。人の像らしきものの上半身が波の上に突き出ている。
顔はよく見えないが、こちらを向いているのはわかる。
浮いているのか、それとも底に立っているのか、同じ位置でじっと動かない。あんなもの最初からあっただろうか。
そう思ったのは後からで、その時はそこから先の記憶がない。


気がついたのはベッドの上だった。
砂浜に三人揃って倒れていたところを発見されて、病院に運ばれたと聞かされた。
水に入ってから目を覚ますまでに何があったのか、全く覚えていない。
思い出そうとしても、海面に突き出した像を見てから後の記憶がすっぽり抜け落ちている。
同じく目を覚ました友人二人も何も覚えていないという。
最初に海に駆け出した友人に至っては、車を停めたことすら知らないと言い張った。嘘をついているようにも見えなかった。
その友人は後に、鹿嶋港で釣りの最中に波にさらわれて亡くなったという。