床柱

Uさんは学生の頃に古文書同好会に所属していた。
普段は大学に所蔵されている写本を読んだりして勉強するのが主な活動だったが、時々は校外の所蔵者に頼んで古文書を見せてもらうこともあった。
隣県にある立派な屋敷の旧家に古文書を見せてもらいに行った時のことである。古文書を見せてもらう見返りに書庫の整理もする約束だったので、同好会のメンバー総出で泊りがけの一大イベントだった。
Uさんは仲間と一緒に屋敷の一室を寝室として宛がわれた。床の間のある立派な座敷で、五人が布団を並べてもまだ余裕があった。
床の間にはこれまた立派な床柱が立っており、その黒光りする姿を眺めているとなんだか圧倒されるような迫力を感じて、Uさんは何だかじっと見ていられないくらいだったという。
作業に疲れたUさんはその晩、早々に寝てしまったのだが、普段より早く寝たせいか夜中にふと目が覚めた。まだ真っ暗なので、トイレに行ってからもう一眠りしようと思ったUさんだったが、なにやら妙に脈拍が重く感じる。心臓の音が部屋中に響いているようにすら感じられた。
部屋が真っ暗なせいだろうか。それともまだ寝ぼけているのか。
しかし確かに、脈を打つ動きが妙に響いて感じられる。体調がおかしいのかと不安になって胸に手を当ててみるが、意外に大した手応えがない。どうも、自分の体が自分の物ではないような奇妙な感覚だった。
起き上がってよく確かめてみようと思い、布団を押しのけて上体を起こしたところで視界の端に変なものが映った。
あの立派な床柱が、妙な色をしている。昼間見たときには確かに、黒光りした柱だった。しかし今は、なにやら赤と青の縞模様をしている。わけがわからないのでよくよく眼を凝らしたUさんだったが、思わず(うわっ、気持ち悪!)と口元を押さえてしまった。
縞模様に見えたそれは、大小さまざまな管がぐちゃぐちゃと絡み合ったものだった。管は赤黒いものと青黒いものがあり、濡れているようにつやつやしている。まるで血管だった。それが床柱の上から下まで、表面をびっしりと覆っている。
何だか見てはいけないものを見てしまったように思えたUさんは、すぐにまた布団を頭から引っ被ると、ぎゅっと目を瞑った。そしてひたすら(南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……)と念仏を唱えているうちに、周りの布団でゴソゴソ動く気配がした。
布団から顔を出すと、すっかり明るくなっていて、床柱も元通りの黒い柱に戻っていた。
思い返してみると、真っ暗な部屋で床柱だけあんなにはっきり色がわかったのもおかしい。
夢でも見たのかと首を捻りながら顔を洗いに行くと、屋敷の主人と鉢合わせた。
思い切って先程見たものを話すと、
「あの部屋に泊めたお客さんは、時々見るんですわ。うちのもんは誰もそれ見たことないですから、何だか羨ましい気もしますな」
そう主人は笑って言った。