塀の向こう

Fさんが中学二年生の夏に、家族揃って母親の実家に遊びに行ったときのこと。
夕方、Fさんは一人で縁側に寝転んでいた。ここは風通しもよく、西日も射さないのでうたた寝には丁度良い場所だった。縁側からは庭を挟んでブロック塀が見えており、その向こうは道路になっている。時折思い出したように自動車が通っていった。
見るともなしに通り過ぎる車を眺めていたFさんだったが、三台ほど見送った辺りでふと違和感を感じた。
(ここの道って坂だっけ?)
塀越しに見える通行車はどれも、向かって右側の方が左側より位置が高く見えるのである。左側から走ってきた車は最初は屋根の辺りしか見えていないのに、移動するに従ってその位置が上がってゆき、右側に去ってゆく頃には運転手の横顔が塀の上に見えるくらいの高さになっていった。右側から走ってくる車はその逆の見え方をした。
どうも塀の向こうの道が、左側から右側に上っている坂になっているとしか思えない。しかし毎年見ているはずのこの家の周りはどこも平地で、道はどこも上下していないはずだった。
去年来たあとで何か工事でもしたのだろうか。疑問に思ったFさんは、縁側からサンダルを履いて塀まで歩いていったのだが、塀の向こうを覗き込んだところで、また首を傾げてしまった。特に道が上下しているようには見えないのだ。それではどういう理屈であんな見え方をしたというのか。
もう一度確認のため、縁側に戻ったFさんは次に通りかかる車を待つことにした。程なくしてエンジン音が聞こえてきて、平然と通り過ぎて行った軽トラックは、ずっと同じ高さにしか見えなかった。次も同じだった。その次も。