Uさんは子供の頃から同じ夢を何度も見ていたという。
見ていたと言うと語弊がある。
何しろ目覚めた時には内容はすっかり忘れているらしい。
ただ、必ず百合のような強い花の匂いだけが鮮明に印象に残っているという。
彼女が二十歳になって少ししたある日、いつものように電車で学校から帰る途中のこと。
ふと気付くと、彼女が座っている席の最寄の扉の前に女性がひとり立っていた。
黒尽くめの装いはどうやら喪服のようで、花束を手にしているところを見るとこれから葬儀に参列するのだろうか。
日本の喪服としては珍しく、顔を黒いヴェールで覆っている。
さほど混んでもいない車内で、黒い姿はひときわ浮いて見えた。
次に駅に止まった時、喪服の女性の前のドアが開いて、外の空気がすっと流れ込んできた。
風に乗って、女性の持つ花束の香りがUさんのところにも届いた。
強い百合の匂いである。
それを嗅いだ時、Uさんは何故か理由はわからないが「これだ!」という強い確信を抱いたという。
幼い頃から何度も見ていた夢の匂いは、他ならぬあの女性の持つ花束の匂いである、というひらめきがあったのである。
はっとして目で追ったときには、女性の降りた後のドアがガタンと閉まって、僅かな残り香が漂うのみであった。
それ以来Uさんはその夢を見ることはなくなったという。