握り歯

Rさんが中学生の頃、家族のアルバムを見ていてふと気づいたことがあった。
赤ちゃんの頃の自分の写真では、手首にお守りらしきものがくくりつけられているのだ。物心つく前のことだから自分では全く覚えがないのだが、その頃の写真では常に自分の手首にお守りがついている。写真を見る限り、三歳頃まではずっとそれが続いていたようだ。
両親は特に信心深い性格ではない。それなのに自分の子にお守りをずっと着けておくのは何か理由があったのだろうか。
疑問に思って尋ねてみると、両親は眉間に皺を寄せて目を見合わせると、赤ちゃんだったからね、何も覚えてないよねと言った。

 


両親の話ではこういうことがあったらしい。
Rさんの一歳の誕生日よりひと月ほど前のこと、ベビーベッドで眠っていたRさんが目を覚ましたようなので抱き上げようとしたところで、母はRさんが左手に何か握っていることに気がついた。
指をそっと開かせてみると、変なものが出てきた。
歯だった。
太い歯根のついた、人の歯だ。
母は思わず投げ捨てようとしたのを堪えて、ティッシュに包んでおいた。一体誰の歯だ。なぜうちの子が握っているのか。
その時家にいたのは母とRさんだけ。Rさんに近づいた人間は他にいなかったはずだ。
仮に誰かがRさんに握らせたのだとしても、意図がわからない。
Rさん自身の歯のはずはないし、家の中にそんなものが置いてあったはずもない。
空中から歯がひとりでに現れるはずもなく、不気味で仕方がなかった。
後で帰宅した父とも相談したが、歯がどこから出てきたかは全くわからない。とにかく戸締まりは厳重にしておこうということになった。
しかしそれから数日後にまた同じことがあった。状況は同じで、家で眠っていたRさんがいつのまにか人の歯を握っている。
やはり誰かが家に入ってきたとは考えられなかった。今回の歯も前回同様に歯根のついた大人の歯だ。
ベビーベッド周辺にもちろん歯など隠してあったりはしない。どこから、いつのまに現れたのか見当がつかなかった。
警察にも相談したが、応対した警察官は困惑した様子で、一応巡回は増やしますので戸締まりをしっかりしてくださいと言われただけだった。
そこで両親は相談の上、Rさんを連れて神社に行った。二本の歯を見せると神主はぎょっとした表情を浮かべたが、その場でお祓いして御札とお守りを授けてくれた。
御札はベビーベッドの近くの壁に貼り、お守りは神主の言う通りに歯を握っていた手に巻き付けた。持っていった歯は神主がお祓いしておくというので渡した。
それからは同様のことは一度も起こらず、お守りはRさんが三歳になってから紐が切れて落としたのか、気がつくとなくなっていた。
お守りがなくなったことでまた再発するのではと心配したが、特に変なことは起こらなかったという。