夫の昼寝

Cさんの夫が癌で手術を受け、入院生活を終えて帰宅した。
若い頃から登山が趣味で体力に自信があった夫だったが、手術と投薬で弱ってしまい何かと疲れを訴えるようになった。
その日も昼食を取ってから少し休むと言って夫は寝室に入った。
一時間ほどしてからCさんも少し昼寝しようかと思い、トイレに行ってから寝室に向かったが、ベッドには夫の姿がない。
朝起きたときに軽く整えておいた布団が乱れていたので夫がそこに一度横になったことは明らかだったが、本人がいない。
Cさんは夫が寝室に入ってからずっとリビングにいた。リビングからは玄関が見える。夫が出かけたのなら気付いたはずだが、そういうことはなかった。
トイレにでも行ったのだろうかと思ったが、そのトイレにはたった今Cさんが行ったばかりだ。Cさんが用を足している間に夫が外に出たのだろうか。
玄関に行ってみると、夫の靴は揃っている。外出はしていないようだ。
もう一度寝室に行ってみたが、やはり夫はいない。窓の外のベランダも覗いたが、誰もいない。ベッドの下には人が入れるような隙間はない。
寝室には隠れられるようなところがないのに、寝室に入った夫の姿がない。
どういうこと? と呆然としながら何気なくサイドテーブルに置いてあった文庫本を手に取った。
夫が最近読んでいたもののようだ。それをパラパラめくって、また元の位置にポンと投げた。
すると肩を誰かに掴まれた。
おい、どうした。夫はベッドから体を起こしてCさんの肩に手を置いていた。
いつの間に? 目を丸くするCさんだったが、夫はどこにも行っていない、ずっと寝ていたという。
夫はよく寝ていたのにCさんが周りでバタバタしているから目が覚めてしまった。
寝室を出たり入ったり、ベランダを覗いたり、何かを探しているようだから起き上がって声をかけたのだという。
話がすっかり食い違ってしまった。Cさんは確かにベッドに誰もいないのを見ているのに、夫はずっとそこで寝ていたという。
本人には言わなかったが、Cさんは夫の存在が病気のために希薄になってしまったような気がして、それからは一層のこと夫の居場所を確認するようになった。


それから五年ほど経ったが、幸いにして夫は元気だという。