このまま帰れます

新婚家庭での話。
奥さんがリビングで洗濯物を畳んでいると玄関の開く音がした。行ってみると夫が帰ってきている。
しかしいつもより二時間ほど帰りが早い。早く帰るとも聞いていなかった。
今日はどうしたの、と尋ねると夫はひどく頭が痛いという。顔色もかなり悪い。
横になりたい、という夫はそのまま寝室へ入ってゆき、奥さんはとりあえず頭痛薬と水を持っていった。
すると夫は背広も脱がずに布団に潜りこんでいる。
背広に皺がつくのも気にする余裕もないほど苦しいのか、と驚いた奥さんはかなり心配になってきた。
救急車を呼んだほうがいいだろうか、と思いながらまずは熱をみようと夫の額に手を当てた時である。
「――はい、そうです。大丈夫です。このまま帰れます」
夫がそんなことを言った。
……意識が朦朧としてうわ言を口にしているのかな。思った以上に大変な事態なのかもしれない。
奥さんは救急車を呼ぶことを真剣に考えた。
すると奥さんの見ている前で、夫の顔がずるずると布団の中へ入ってゆく。
苦しいのかと思った奥さんが布団をめくるが、それでも夫の頭はどんどん布団の中へと吸い込まれて完全に見えなくなってしまった。
のみならず夫の体に沿って膨らんでいた布団がだんだん小さく潰れてゆく。
何これ?
訳がわからないまま奥さんは布団を全部剥がしたが、そこには誰もいない。
あの人はどこへ!?
布団を投げ出して玄関へ行ってみると、先程夫が脱いだはずの靴もない。
ちょうどそこへ電話がかかってきた。うろたえながらも出てみると、夫が仕事中に交通事故に遭ったという。
命に別条はないが、脚を折る大怪我だった。
たった今頭が痛いと訴えていた夫の姿が目に浮かぶ。
――あ、頭は大丈夫ですか!?強く打ったりは……。
予想に反して頭は特に怪我していないという。
じゃあさっきのあの人は一体どういうことだったの。


後で夫に尋ねてみたが、事故の直後にも家に帰った夢を見たりはしていないということだった。
だから頭が痛いと言って帰ってきた夫が何者なのか全く見当がつかないままだという。