深夜、Sさんがベッドに横になったところで鼻をつく臭いに気がつき、反射的に体を起こした。
腐った魚のような嫌な臭いだ。
寝室にそんな臭いのするようなものは置かない。部屋の外から入ってくるのかと思ったが、窓から顔を出してもそんな臭いはしないし、家の中でも臭うのは寝室だけだ。
臭いの元はなんだろうと寝室を嗅ぎ回ってみたものの、それらしきものは見当たらない。ただ、ベッドの周りの臭いが一番きつい。
消臭剤と香水を寝室じゅうに撒いたがまだ臭いが消えないので、ベッドで寝るのは諦めた。
リビングのソファーに横になり、目を閉じながらぼやいた。一体何の臭いなんだ、まったく……。
「これはもうだめだな」
声がした。
家には他に誰もいない。しかし声はすぐ側で聞こえた。明かりを点けたがやはり誰の姿もない。空耳だったことにして無理に寝た。
翌朝、寝室に入ると香水のきつい臭いだけがあり、腐ったような臭いは消えていた。
リビングで聞こえた声といい、どういうことなんだろうと不審に思っていると電話があった。
実家の母からで、母の弟である叔父さんが昨夜亡くなったという。夜釣りに出掛けて川に転落したという話だった。
それを聞いてSさんははっとした。昨夜の嫌な臭いは川縁の臭いだったのだろうか。
あの臭いがした時刻と叔父さんが溺れた時刻が同じだったかどうかは、確認する気になれなかったという。