祖母の臨終

Hさんの父方の祖母は体調を崩して二年ほど入院していたが、ある夏の夕方、危篤の報せが入って皆で病院へ駆けつけた。
病室にはHさんと両親の他に父の兄弟も集まって、祖母に向かって沈痛な面持ちで話しかけたりじっと見つめたりしていた。声をかけても祖母からの返事は全くない。
当時高校生だったHさんには元気だった頃の優しい祖母の姿ばかりが思い出されて、目をつぶったままの祖母にかける言葉も見つからずにじっとその顔を見つめていた。もうこれでお別れなのだろうかと思うと目頭がギュッと痛くなり、視界がぼやけてくる。
目元を拭いながらふと視線を上げると、妙なことに気が付いた。
父の二歳下のF叔父さんが祖母の頭の方から覗き込んでいるのだが、その向こう側にもうひとり、F叔父さんが見える。
よく似た別の親戚かと思ったが、涙を拭いてよく目を凝らしてもやはりF叔父さんと全く同じ顔と服装をしている人がもう一人いる。
ただ、手前のF叔父さんは泣きそうな顔で祖母を見ているのに対して、その奥にいるF叔父さんは放心したようにぼんやりとした表情で祖母に視線を向けていた。
自分の頭が変になったのかと思ったが、今はそんなこと気にしている場合ではないと思い直して、Hさんはまた祖母に視線を戻した。
祖母はそのまま意識を取り戻すことはなく、やがて医師が時刻と臨終を告げた。
促されて病室からぞろぞろと出た時、Hさんは先程のことを思い出して大人たちの顔を見回した。
もうF叔父さんは一人しかいなかった。


父は後から帰るということで、Hさんは母の運転する車に乗った。
「あのさ、さっきF叔父さんが二人いたんだけど……」
祖母のことにあまり触れたくないのもあって、Hさんは母にそう話しかけた。
すると母は少し厳しい声で――そんなこと叔父さん本人には絶対言うんじゃないよ、と言った。
それから。
「……私も見た」母はそう付け加えた。