窓の顔

Hさんは幼い頃から窓に顔が見えることがあった。
ふと気がつくと部屋の窓のひとつに大きな顔が映っている。ガラス窓を覆うほどの大きな顔。
男なのか女なのかもよくわからない。無表情に部屋の中を見つめているようでもあり、どこも見ていないようでもある。しばらくすると消える。
それに気づいた頃には周りの人間に伝えていたのだが、そんなものはないと大人も子供も口を揃えるので、あれは普通は見えないものなのだなと理解した。別に怖いとは思わなかったが、そんなわけであまりまともに見ないことにしていた。


小学校に入ってからも相変わらずそれは時々見えていた。教室だろうと廊下だろうと理科室だろうと職員室だろうと、何度もそれは現れた。そのたびにHさんは無視していた。
ところが無視しきれないことが一度あった。
ある日の給食の時間、配膳が終わった頃に教室の窓にそれが出た。
この日はなぜかいつもと表情が違った。なんだか怒ったように顔をしかめている。色もいつもより暗い。
いつもはどこか遠くを見るようなうつろな目つきをしているのに、このときは教室の中をじっと見つめているのがわかる。
なんだかその視線を受けていると、だんだん調子が悪くなってきた。胸に何か詰まったような気がして、とても何か食べるような気になれない。
席を立ってトイレに行き、どうも教室に戻る気になれないのでその足で保健室に行った。
しばらくベッドに横になっているとだんだん体調が戻ってきたので、昼休みの終わりごろに教室に戻った。Hさんのぶんの給食は片付けられていたが、窓の顔も消えていたので安心して午後の授業を受けた。


翌日、なぜかクラスに空席が多かった。先生の話では、みんな体調が悪くて休みだという。
後から知ったことだが、前日の給食が原因の集団食中毒だった。
あの顔がいつもと違ったのはそのせいだったのだろうかと、Hさんはそれ以来窓の顔の表情に気をつけるようになった。ただ、高校生になった頃からだんだん見る頻度が減って、大人になった今ではもうずっとあの顔を見ていないという。