ハイヒール席

Nさんが大学生のときのこと。
大学の図書館の二階で勉強していると、どこかからカツンカツンと固い足音が響いてくる。
ハイヒールかなにかを履いて歩く足音が二階のどこかを行ったり来たりしている。
別に図書館にハイヒールを履いてきてはいけないという規則はない。しかし図書館というのはあまり耳障りな音を立てていい場所ではない。
あまりうるさければ職員が注意するだろうとNさんは気にしないようにしていたが、一度意識するとどうしても耳につく。
何分経っても止める様子もないあたり、職員は気づいていないのだろうか。
だんだん我慢しきれなくなって、Nさんは職員を呼びに行くか、あるいは自分で直接注意するかと迷い始めた。
しかし足音の主はどこにいるのだろうか。足音は規則的に行ったり来たりをゆっくり繰り返しているが、一度もそれらしい姿を見ない。
疎らな利用者はどれも机についているか書棚の前で本を探している。誰も規則的に動き回ってなどいない。
一体どういうことだろうとNさんは立ち上がって書棚の方に向かった。すると途端にあの足音が聞こえなくなった。
立ち止まったのか。
Nさんは書棚の間を回って音を立てそうな靴を履いている者を探したが、一人もいない。
まあ音が止んだからいいかと思って机に戻ると、座ってすぐにまたカツンカツンと始まった。やはり歩き回っている姿は見えない。
立ち上がるとまた聞こえなくなる。
これはまさか、この席についているときにだけ聞こえるのではないか。
そう考えたNさんはすぐ隣の席に移ってみた。聞こえない。
先程の席に戻る。カツンカツンカツンカツン。
その日はもう勉強する気が失せてしまってすぐに図書館を出た。


後で友人にこのことを話すと、お前まだ知らなかったのかよ結構有名だぞあそこ、と笑われた。
学生の間では密かにハイヒール席と呼ばれているらしい。