コーヒー好き

休日に本屋に行き、目当ての新刊を買ってから喫茶店に入ったときの話だという。
席についてホットコーヒーを注文し、早速新刊を読み始めた。
程なくしてコーヒーが運ばれてきたが、読み始めたところなのですぐには口を付けなかった。
夢中で一章を読み終えて、一息つこうとコーヒーに手を伸ばしたところで目を疑った。
カップが空だ。内側はコーヒーで濡れているが、すっかりなくなっている。
本を読みながら無意識のうちに飲んでいたのか、全然飲んだ気がしないな、と首をひねりながらお代わりを頼んだ。すぐにポットから二杯目が注がれる。
改めて一口すすると、香ばしい風味が口から鼻に広がる。旨い。
まるでその日初めてコーヒーを飲んだような感覚だ。やはり一杯目は自分で飲んだ気がしない。
本当に本を読みながら無意識に飲んでいたのだろうか。しかし本を読んでいる最中は誰も近寄ってきていなかったはずだし、自分以外には考えられない。
解せないと思いながら、もう一口飲もうとしたところで手が止まった。
口をつけていないのにコーヒーの水位がぐいぐい下がっていく。カップに穴が空いているのかと思ったが下に漏れているわけでもない。
どういうことだ、と不思議がっているうちにまたコーヒーはなくなってしまった。
一杯目も俺が無意識に飲んだわけじゃなかったのか?
コーヒーのお代わりを頼む前に、傍らのコップの水をコーヒーカップに注いでみた。
しばし眺めてみたが減らない。
まるで目の前の見えない何かが、コーヒーじゃなければ飲まない、と言っているようだ。
俺のコーヒーだぞ。誰だか知らんが勝手に飲むな。
水をコップに戻してもう一度コーヒーをお代わりしたが、今度はもう勝手に減ることはなかったという。