おんぶ

都内で電車に乗ったときのことだという。
平日の午後で車内は空いていた。座席に腰を下ろして発車を待っていると、隣の車両からドアを開けて誰かがやってきた。
三十代くらいの女性で、スーツをきっちりと着こなし、颯爽とした足取りでこちらに進んでくる。
しかしその肩の上と脇の下からは幼い子供の手脚が突き出しており、女性の歩調に合わせてぶらぶら揺れている。子供をおんぶしているらしい。
スーツをきっちり着た上で子供をおんぶしているのが珍しく思えて、その姿をなんとなく目で追った。
バリバリ働きながら幼い子供を育てているのか。大変そうだけどカッコいいな。
そんなことを考えながら眺めていたが、どことなく違和感がある。目を凝らしても、背負っている子供の頭が見えないのだ。
前に垂れている子供の腕から位置関係を考えると子供の肩や頭が見えるはずなのに、子供の手脚しか見えない。女性の背後のなにもない空中から手脚が生えているようにも見える。
どういうことだろう。子供をおんぶしているわけではないのか? じゃああの手脚はなんだ?
そう思っているうちに女性は目の前を平然と通り過ぎ、同じ車両の座席に腰を下ろした。背中の子供を気にした様子のない、無造作な座り方だった。
女性が座った途端に子供の手脚は見えなくなった。
何やら見ないほうがいいものを見たような気がして、目的の駅で降りるまでの間その女性に視線は向けられなかったという。