朝の挨拶

コーヒー店で働いていたKさんの話。
午前八時頃に歩いて出勤する途中、前方の道端におばあさんが腰掛けていた。
ああ、あれは知っている人だ。
おはようございますと声をかけようとしたところで、後ろから肩を叩かれた。
誰かと思えば同僚のMさんだ。Mさんはおはようございますと言ってスタスタ追い越していった。
これは意外なことで、普段Mさんとはそれほど親しいわけではない。わざわざ肩を叩いて挨拶していくなど、それまでなかったことだった。
どういうわけだと思いながら気を取り直すと、すぐそこに座っていたはずのおばあさんがいなくなっていた。
この一瞬でどこに行ったんだろうと歩きながら見回したが、そこでもう一つ気になったことがあった。
あのおばあさん、誰だったのだろうか。
ひと目見て知り合いだと判断したが、名前が思い浮かんだわけではない。たった今顔を見たはずなのに、その顔が思い出せない。
本当におばあさんだったのかも曖昧だった。


しばらく後になって他の同僚から聞いた話では、Mさんは「見える人」だという。霊かどうかは知らないが、他の人には見えない何かが見えるらしい。
それを聞いてKさんは、あのときのMさんの挨拶と消えたおばあさんの件が腑に落ちたように思えた。
あのおばあさんは一瞬で消えたことから考えても、生身の存在とは思えない。自分はそれと気づかず挨拶するところだった。
Mさんはそれを止めるために、肩を叩いて声をかけてくれたのではないか。


その後も三年間ほどMさんと同じ店で働いたが、Mさんに絡む奇妙な出来事に何度か遭遇したという。