Tさんの親戚のおじいさんが亡くなったときの話。
人手が必要だということで学生だったTさんはお通夜の日から泊まりがけで隣県の親戚宅に手伝いに行った。
夜は居間の隣の和室に寝かせてもらったが、何となく寝苦しい。
移動と手伝いの疲れのせいだろうと考え、翌日もお葬式で忙しくなるから気にせず寝ておこうと目を閉じているうちに眠っていた。
すると布団を誰かに軽く叩かれたような気がして目が覚めた。
見回しても誰もいない。
窓の外はまだ暗く、時計を見るとまだ朝四時だった。
叩かれたように思ったのは錯覚で、疲れのせいで変な時間に目が覚めてしまったんだな。
そう思ったTさんはもう一眠りして、次に目が覚めたのは朝七時だった。


そしてお葬式は無事終わり、Tさんはもう一晩泊めてもらって翌日帰ることになった。
その夜も前夜と同じ和室に寝たが、やはり寝苦しいというか、居心地が悪い。
しかし翌日には帰るのだからもう気にしないことにして前夜同様に無理やり寝てしまうことにした。
そうして眠っていたところに再び布団を叩かれたような気がしてはっと目が覚めた。
またか、と思いながら暗い部屋を見回すと、今度は前夜と様子が違っていて変なものが目に入った。
Tさんは和室の窓側の壁際に布団を敷いて寝ていたが、その反対側の壁から何か長いものがこちらに伸びてきている。
それは細く白い腕で、壁の膝くらいの高さの辺りから生えている。部屋を横切って二メートル以上は伸びていた。
腕は何かを探すように布団の周りを何箇所も叩いて回っている。
布団を叩いてきたのはこれか……!
寝起きでぼんやりした頭で茫然とその様子を眺めていたTさんだったが、ふと誰かの声も聞こえてくることに気が付いた。
おじいさーん……。
おじいさーん……。
そのか細い声は、細長い手が伸びてきている壁の方から聞こえてきている。
かすれた、おばあさんの声だった。
五年ほど前に亡くなったこの家のおばあさんだろうか。
心細い様子で何度もおじいさんを呼んでいる。
その声を聞いているうちにTさんは何だかかわいそうに思えてきて、つい布団の中から声をかけてしまった。
――おばあさん、おじいさんはもう亡くなったよ。
その途端におばあさんらしき声は聞こえなくなり、手も消えてふっと部屋の中が明るくなった。
急に朝になっていた。


起き出してから親戚に先程見たものを話すと、親戚たちは驚いて顔を見合わせた。
とても信じられないという様子だったが、手が壁の膝くらいの高さから伸びていたという話を聞くと、おじいさんの息子のおじさんがはっとした顔を見せた。
おじさんの話によると五年前に亡くなったおばあさんは晩年、足腰を悪くして和室に寝たきりの生活を送っていた。
寝たきりになってからはすっかり弱気になり、おじいさんのことをよく呼んだ。
そんな時はおじいさんが行って手を握ってやると落ち着いたのだという。
おばあさんの寝ていたベッドがちょうど膝くらいの高さで、置かれていた場所もまさに窓の反対側の壁際だった。
そして、おじいさんはおばあさんが亡くなってからもずっと和室で寝起きしていた。
もしかするとこの五年間ずっと、毎晩壁から手が伸びてきていたのかもしれなかった。
「親父はお袋が死んでからもずっとお袋の手を握ってやってたのか……?」
おじさんはしみじみと呟きながら和室の方に目をやったという。