騒ぐもの

Nさんは大学を出て県庁に就職したが、激務と人間関係のトラブルのため体調を崩し、三年足らずで辞めて実家に戻った。
通院しながら次の仕事を探すことにしたが、どちらも思わしくないまま半年ほど過ぎた。
気を使ってか再就職を特には催促しない両親には申し訳なく思いつつも、見通しのつかない現実にだんだん心が荒み、生活リズムも崩れていってだんだん引きこもりがちになっていった。
そんなある日の午後、Nさんはふと目を覚ました。その頃は昼夜がほとんど逆転した生活を送っていたので、通院する予定の日以外でそんな時刻に目を覚ますのは珍しかった。
それというのも何か部屋の外が騒がしいからだ。階下から幼い子供が話す高い声や、どたばた走り回る足音がする。
親戚が子供を連れて来たのだろうか。
とはいえ、無職の居候の上にこんな自堕落な生活を送っている身では、親戚とも顔を合わせたくない。親戚の相手は両親に任せることにして、Nさんはそのまま部屋から出ないことにした。
しかし子供の高い声が耳ざわりで、もう一度眠ろうにも寝付けない。
尿意も催してきたので、親戚に見つからないようにこっそりトイレに行けないものかと、部屋の外を覗いてみることにした。
息を殺して自室のドアを細く開けると、ふと違和感を抱いた。急に静かになったのだ。
ドアを開く前はあんなに騒がしかったのに、開けた途端に家中が静まり返っている。
もう少しドアを開いて廊下に首だけ出して見回したが、辺りはしんとしてそもそも人の気配がない。Nさんがドアを開けたから黙ったというわけでもなさそうだ。部屋を出て階段を下り居間を覗いてみたものの、外出中なのか両親の姿もない。
どういうことだ、と首を傾げながら用を足して部屋に戻った。
さっきの声は何だったんだろう、と腑に落ちないながらもまた布団に潜り込んだNさんだったが、うとうとし始めたところでまたはっと目が覚めた。
また部屋の外から子供の声と足音が響いてきたのだ。確かに一階を誰かが走り回っている。
つい今しがたまで誰もいなかったはずだ。誰かが玄関から入ってきた様子もなかった。
飛び起きて再びドアを開けたものの、先程と同様に開けた瞬間に家中がスッと静まり返った。
これはどうにもおかしいとNさんはその日から部屋のドアを閉め切るのはやめ、常に開けておくようにした。そして家を出るために本気で就職活動を始めたという。