Mさんが高校生のときのことだ。
バス通学だったMさんは、放課後にバス停まで友人と並んで歩いていた。
朝から冷たい雨が降り続いていた二月の夕方で、二人とも傘をさしていた。
いつものようにおしゃべりしながら歩いていたところで、唐突に友人の話が止まった。
何だろうと思って友人の顔を見ると、まっすぐ前を見据えて口を閉じ、無表情で歩いている。
友人がふざけているのかと思ったMさんは笑って話しかけたが、それでも反応はない。Mさんなどいないかのように無言ですたすたと歩いている。
ちょっとやめてよ、ともう一度語りかけたがうんともすんとも言わない。目の前で手を振ってみても視線が動かない。
これは変だ、と思ったMさんは友人の顔を下から覗き込んだ。
すると友人の頭上に変なものが見える。
お面かと思ったが、すぐにそれが人の顔だとわかった。人の顔が友人の傘から逆さまにぶら下がっている。
真っ白な顔にいくつも深いしわの刻まれた老人だ。
老人は友人をじっと見下ろしている。
なにこの顔気持ちわる、とMさんが腕を伸ばすと、傘に染み込むように顔が引っ込んだ。
その途端、友人が驚いた様子でMさんの方を見た。――何してんの?
友人の感覚では、話の途中で突然Mさんが顔を覗き込んで手を伸ばしてきたのだという。
黙り込んでいたという記憶は友人には全くない様子だった。