工房

退職後に趣味で陶芸を始めた人の話。
軽い気持ちで始めたところ随分熱中してしまって、ついには山中の空き家を買って窯を設置し、工房にしてしまった。月に十日ほど、一人でそこに籠もって作品制作に没頭するのだという。
ところがその工房で頻繁におかしなことが起こる。
真夏なのに外で雪を踏むような足音が一晩中した、天井裏で何かを引きずるような音が横切っていった、土砂降りの雨音が聞こえたので洗濯物を取り込もうと外に出ると晴天で地面も濡れていなかった、等々。
ほとんどが奇妙な音のたぐいなので大して気にせず過ごしていたのだが、そのうちにこんなことがあった。
作業場で土を練っていたところ、背後の扉が開く音がしてふわっと風が吹き込んできた。
続けて「ふぅーっ……」と誰かの溜息が聞こえる。
なんだ誰が来たんだ、と思って横目で後ろを見たが、誰もいないどころか扉も閉じたままだ。
いつものやつか、と拍子抜けしながら視線を土に戻したところで仰天した。
こねていた土のちょうど真ん中に人の足跡がひとつ、はっきりとついている。
小さな子供の、裸足の足跡だった。足裏のしわまでくっきり見える。
これには怖いとか不気味だとか思うよりも、まず頭にきた。
大事な作品の材料になんてことをしてくれる、とすっかり頭に血がのぼって大声で怒鳴りつけた。

 


てめえふざけるなよ! 次にこんなことしやがったらただじゃ済まさねえからな!

 

むかむかしながらも土をこねる作業を再開したが、後になってから少し惜しいことをしたと思った。
足跡を携帯で撮影しておけば、幽霊の足跡だと言って誰かに見せてやれたのに――。


その人は今もその工房を使っている。
怒鳴ったのが効いたのかどうかは不明だが、それ以来奇妙なことが起こる頻度はすっかり少なくなったという。