お散歩

Nさんが高校生の時の話だという。
夏休みに友人たちと五人連れ立って自転車で市内の山へ出かけた。
渓流の川原で弁当を食べ、そのまま川遊びなどして過ごした。
そのうち友人の一人が「ちょっと小便」と言って川沿いの道路を歩いて行く。確かその先に小さい駐車場とトイレがあったはずだ。
それを何となく目の端で見送っていたNさんだったが、川に入って足元が冷えたせいか、すぐに自分も催してきた。
先ほどの友人が歩いて行った後を追っていくとすぐに短いトンネルがある。トンネルを抜ければ駐車場が見えるはずだ。
Nさんがトンネルに入ると向こう側から賑やかな声が響いてくる。子どもが大勢歩いてきた。
子どもたちの先頭を歩くおばさんが会釈してきたのでNさんも挨拶を返す。
後に続く幼稚園生らしき子どもたちも口々に「こんにちは!」と元気よく叫んだり手を振ってきたりするので、Nさんも笑顔で返事しながらすれ違った。
――遠足かな、いやリュックとか持ってなかったからただのお散歩かな?
などと考えながらトンネルを抜けたNさんはトイレで用を足してからまたトンネルを通って友人たちのところへ戻った。
先にトイレへ向かった友人も先に戻っている。
……あれ?
そういえばトイレに行って帰ってくるまで、その友人とは全く顔を合わせなかった。
川原からトイレまでは一本道で、他に通れる道らしき道もない。道の脇に逸れて林の中に入ればかえって遠回りにしかならない。
Nさんは彼の後を追って歩いて行ったのだから向かった方向が別だったわけでもない。
彼はどうやって戻ってきたというのか?
直接それを尋ねてみると、ただトイレに行って寄り道せず帰ってきただけだと言う。むしろ逆にお前がどこに行ってたんだと聞き返された。
Nさんも同じく行って帰ってきただけと答えるしかなかったが、そこであの幼稚園生たちのことを思い出した。
ほらさっきこっちに幼稚園生がたくさん来ただろ?俺もさっきトンネルのところですれ違ったよ。
そう言うと友人たちは揃って怪訝な顔をした。
「お前が戻ってくるまで、トンネルの方から子どもなんて一人も来なかったぞ……?」
トンネルの出口は川原から見えるから、トンネルを通り抜けたのなら子どもたちを見なかったのはおかしい。
いやでも俺本当にトンネルの中で会ったよ。多分遠足とかじゃなくて散歩してたんだと思うんだけど。
そう主張したNさんだったが、友人たちは顔を見合わせて言う。
「だって今夏休みだろ。集団で散歩なんてするか?しかもこんな山の中に幼稚園とか保育園とかあったっけ……?」


後で地図やインターネットで調べてみたが、実際その川原から幼い子どもが歩いて行けるような範囲に幼稚園も保育園も存在しなかった。
あの時すれ違った子どもたちが何だったのか、そして友人とすれ違わなかったのはなぜなのか、Nさんは不思議で仕方なかったという。