重い箱

Fさんの母方のおじいさんが亡くなった。
おじいさんが一人で住んでいた家は売ることになったので、お母さんと当時学生だったFさんが数日がかりでそこの片付けをした。
家の裏庭には小さな物置があり、Fさんはお母さんに命じられてそこに入っているものを整理することになった。
物置の中には大小の段ボール箱や雑多な工具やら鎌やらが仕舞われていたので、とりあえず手前にあるものから順番に運び出すことにした。
物置の中身を半分ほど運び出したところで、他とは少し違う見た目の箱が現れた。
一辺が三十センチ余りの古い木の箱だ。他は全て段ボール箱だから、その箱だけ異質に思える。
箱の古さから見て、中もなにか古いものが入っているんだろうか。Fさんはそう考えながら何気なくその箱も運び出そうとした。
しかし妙に重い。大きさの割に、片手で持てないほどの重さがある。
一体何が入っていてこんなに重いんだ?
興味を覚えたFさんは箱の蓋を取って中を覗き込んだ。
するとその拍子に、箱の中からふわっと暖かい、ほとんど熱いと言えるほどの空気が吹き上がってきて、Fさんは反射的に顔を背けた。
季節は春先である。なんで物置の、ずっと仕舞ってあった箱の中にこんなに暖かい空気が入ってるんだ?
面食らいながらも改めて箱を覗くと、中には金属製の古い水筒と、こちらも古くてすっかり固くなった皮の手袋が入っていた。他には特に何も入っていない。
取り出してみても、どちらも軽い。水筒の中身は空のようだ。
じゃあ箱そのものが重いのかな?
箱の縁を掴んで揺らしてみたFさんだったが、今度はごく小さい力でたやすく動いてしまう。
何だこりゃ?
水筒と手袋を箱の中に戻してみても、やっぱり軽い。今度は片手で軽々と持ち上げられてしまった。
狐につままれたような気分で箱を物置の外に出したFさんだったが、一体どういうことなのか気になって仕方がなかった。
水筒も手袋も箱自体も大して重くなかった。じゃあなんで最初はあんなに重かったんだ?
蓋を開けた時に出てきたあの暖かい空気、あれが重さの原因だったのか?でもあの空気が重かったんだとしたら重いものが吹き上がってくるのはおかしい。よっぽど圧縮されていたならともかく、そもそも空気がそんなに重いわけがない。
いくら考えてもFさんにはわけがわからなかったが、後で木箱の水筒と手袋をお母さんに見せると、見覚えがあるとのことだった。
お母さんもそれらがどういう由来のものなのかは聞いたことがないが、おじいさんが戦争の後に大陸から持って帰ってきたものらしいということだった。
そのことと箱が重かったことの関係があるのかないのか全くわからないまま、今でもFさんの家の仏壇の戸棚には水筒と手袋が仕舞われているのだという。