蛇口

夜勤明けで帰宅したKさんは、一眠りしようと布団に潜り込んだ。
数時間経って目を覚ますとどうにも視界がぼんやりしている。
確かに目を開いているのに、視界の上半分がどうにもぼやけてはっきり見えない。
目やにでも付いてるのかな、と両手で目をこすってみたが一向に改善しない。
とりあえず水で目を洗ってついでに顔も洗おう、いやシャワーを浴びてしまおうとKさんは立ち上がって浴室に向かった。
着ていたTシャツを脱ごうと裾に手をかけた時、視界の端に何かが動いているのがわかった。
そちらに目をやると、洗面台の蛇口から何か白っぽいものが出てきてそれがくねくねと動いている。
虫か何かか、と一歩踏み出して顔を洗面台に近づけてみて、虫ではないことがわかった。
人の指である。
蛇口と同じくらいの太さの真っ白い指が第二関節くらいまで出てきて、更に這い出そうとしているかのようにさかんに曲がったり伸びたりしているのだ。
面食らったKさんだったが、すぐにその指をつかもうと右手を伸ばした。
するとKさんの手が届くより一瞬早く、白い指は蛇口の中へと引っ込んでしまった。
Kさんはすぐに蛇口の栓をひねったが、蛇口の先からはいつも通りに水がでてくるばかりである。
せっかく水を出したのだから顔でも洗おうかと思ったKさんは、いつの間にか視界がはっきりしていることに気がついたのだという。