ドッペル父さん

大学生のWさんが夏休みに帰省した。
実家には両親と妹がいるが、帰省した四日間、なぜか父が二人いたという。
最初に気になったのは実家に着いた直後だった。
駅から父の運転する車に乗って家まで移動し、父が車庫入れしている間にWさんは家に入った。手を洗おうと洗面所に向かう途中、リビングに目を向けると父が座っている。
あれ? 早いな。
車庫入れをしていたのだから、これから玄関を開けて入ってくるはずなのに、どうしてもうリビングにいるのだろう。
どういうことかな、と思いながら手を洗っていると後ろで玄関が開く音がする。洗面所から出ると父が玄関から入ってくるところだった。
リビングには父はいない。
えっ、今お父さん家の中にいなかった? そう訊いたが、父も母もそんなわけないでしょ、と怪訝な顔をした。


こういうことが実家に滞在中何度もあった。
玄関から出ていった父が二階から下りてきたり。
目の前でトイレに入った父が庭で洗濯物を干していたり。
リビングでテレビを見ていたはずの父が洗面所にいたり。
同時に二人並んで現れるわけではないのだが、二人いるとしか思えないようなタイミングで父を見かける。
お父さんが二人に見えるんだけど、と母や妹に言ってみてもまともに取り合ってもらえなかった。
仕方がないのでWさんも気のせいということにして深く考えないようにした。


四日目の午過ぎ、大学に戻るWさんは駅まで父に車で送ってもらった。母と妹が玄関前で見送ってくれる。
車が走り出してから、Wさんはもう一度後ろを振り返った。
車の窓越しに、父が玄関に入っていく姿が見えた。
ドッペルゲンガーはよくないことの前兆であるともいう。Wさんは駅で別れ際に、お父さん怪我とか病気には気をつけてね、と伝えた。
その後Wさんは大学を卒業したが、今でもWさんのお父さんは元気だ。